ゆりやん初監督『禍禍女』の評価は?南沙良の怪演と賛否両論の理由

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「ゆりやんが監督? どうせ芸人の悪ふざけでしょ?」
正直、私も観る前はそんな風に斜に構えていました。

2026年2月6日、ついに公開されたゆりやんレトリィバァ初監督映画『禍禍女(まがまがおんな)』。
公開からわずか3日で、SNSでは「大傑作」「意味不明すぎてヤバい」と賛否が真っ二つに割れています。主演・南沙良さんの怪演や、海外映画祭での評価も相まって、今もっとも「安全地帯から見物したい」映画と言えるかもしれません。

この記事では、実際に劇場で目撃した筆者が、ネタバレなしでその評価と見どころを徹底解説します。「つまらない」と言われる理由から、中毒者が続出する「狂気」の正体まで、チケットを買う前の判断材料として活用してくださいね。

映画『禍禍女』の評価はひどい?リアルな感想・口コミまとめ

公開初日の劇場は、お笑いファンと映画通、そして怖いもの見たさのカップルで異様な熱気に包まれていました。結論から言うと、本作の評価は「0点か100点か」の二極化が進んでいます。中間がないのです。

大手レビューサイトやSNSを調査しても、「今年ベスト級の怪作」と絶賛する声と、「金返せ」と激怒する声が入り乱れています。この極端な反応こそが、本作が凡百の作品ではない証明とも言えるでしょう。では、具体的に何が観客をそこまで刺激しているのか、深掘りしていきましょう。

【面白い】南沙良の「怪演」と中毒性のある映像世界

高評価の大部分を占めているのが、主演・南沙良さんの圧倒的な演技力です。これまでの清純派やミステリアスな美少女といったイメージを粉々に破壊するような、常軌を逸したキャラクターを見事に演じきっています。

「彼女の目が完全にイッている」「叫び声が耳から離れない」といった感想が多く、彼女のファンでさえドン引き(褒め言葉)するレベル。また、美術や衣装の色彩感覚が非常にポップで、グロテスクな描写さえもアートのように見せる「映像美」も支持されています。不気味なのに美しい、そのギャップが中毒性を生んでいるのです。

【つまらない】「意味がわからない」不条理さとカオスな展開

一方で、低評価の理由として最も多いのが「ストーリーが支離滅裂」「意味がわからない」という点です。
いわゆる王道のJホラーのような、因果関係がはっきりした「呪い」や「幽霊」の恐怖を期待して行くと、間違いなく肩透かしを食らいます。

突然始まるミュージカルシーンや、脈絡のないコメディ展開に、「ついていけない」と感じる観客も少なくありません。物語の整合性よりも、感情の爆発やシュールな映像表現を優先しているため、論理的な解決を求める層には「独りよがりな作品」と映ってしまうようです。

ゆりやん監督の才能は?海外映画祭での受賞が示す実力

「芸人の道楽」という色眼鏡を外させるのが、海外での評価です。本作は公開前に複数の海外映画祭に出品され、その独創性が高く評価されました。
特に、K2 Picturesという、日本のエンタメ界を牽引するクリエイティブチームがバックアップしている点は見逃せません。

単なる「おもしろ動画」の延長ではなく、映画としての構造や演出意図がしっかり組まれていることは、プロの評論家たちも認めています。「ゆりやんレトリィバァ」というタレント性を抜きにしても、一人の映像作家として「世界に通用する狂気」を描ける才能があることは、疑いようのない事実と言えるでしょう。

監督・ゆりやんレトリィバァが描く「狂気」の正体

なぜ、これほどまでに歪でエネルギーに満ちた作品が生まれたのか。それは、この映画が完全なフィクションではなく、監督自身の「血肉」から作られているからに他なりません。

スクリーンから滲み出る「痛々しさ」の正体を探ると、そこにはクリエイターとしての強烈な自我と、過去の体験が複雑に絡み合っていました。

実体験を基にした脚本:片思いの執着と復讐のエネルギー

本作の脚本は、ゆりやん監督自身の実体験、特に過去の「片思い」や「失恋」の経験がベースになっていると語られています。
「好きな人を手に入れたい」という純粋な気持ちが、いつしか「執着」へと変わり、やがて相手や周囲を傷つける「復讐」のようなエネルギーに変換されていく。その過程が生々しく描かれています。

劇中のセリフや行動には、監督が実際に感じたであろう嫉妬や劣等感が色濃く反映されており、それが観客の心の奥底にある「黒い感情」と共鳴してしまうのです。単なるホラー映画ではなく、こじらせた恋愛感情の成れの果てを見せられているような、居心地の悪さが本作の真骨頂です。

共同脚本・内藤瑛亮との化学反応が生んだ「新しいホラー」

ゆりやん監督のパッションを、映画作品として成立させた立役者が、共同脚本を務めた内藤瑛亮(ないとう えいすけ)氏です。
彼は『ミスミソウ』や『先生を流産させる会』など、少年少女の残酷な暴力性や社会の歪みを描くことに定評がある監督です。

ゆりやん監督の持つ「ポップな笑い」と、内藤氏が得意とする「容赦ない暴力描写」が掛け合わさることで、笑っているのに怖い、怖いのに笑えるという「新しいホラー」が誕生しました。この異色タッグによる化学反応が、本作を単なるコメディでもホラーでもない、ジャンル分け不可能な作品へと昇華させています。

ネタバレなし!『禍禍女』を観る前に知っておくべきこと

これから劇場へ向かう方のために、作品を楽しむための事前知識を整理しておきましょう。
「どのくらい怖いのか?」「どんな話なのか?」という基本的な疑問を解消しつつ、予備知識を入れることで、カオスな展開にも振り落とされずに楽しめるはずです。

怖さはどれくらい?ホラーとコメディのバランス解説

「ホラー映画は苦手だけど観たい」という方が一番気になる点かと思いますが、結論から言うと「ジャンプスケア(大きな音や映像で驚かせる演出)は少なめだが、精神的にくる」タイプです。

お化け屋敷的な怖さよりも、人間の異常行動やグロテスクな描写による不快感が勝ります。ただ、その恐怖シーンの直後に爆笑必至のギャグが挟まれるため、感情のジェットコースターに乗っているような感覚に陥ります。怖がっている自分を笑い飛ばせるような構成になっているので、ホラー初心者でも比較的観やすい部類に入りますが、血や暴力描写に耐性がない方は少し注意が必要です。

あらすじ確認:美大生の狂気と不穏なシェアハウス生活

物語の舞台は、ある美術大学に通う学生たちが暮らすシェアハウス。
主人公の美大生(南沙良)は、才能溢れる仲間たちに囲まれながら、自身の創作活動と、ある男子学生への恋心に悩み、焦りを募らせていました。

しかし、些細なきっかけから彼女の中の「何か」が壊れ始めます。周囲を見下すような言動、奇妙なオブジェの制作、そしてエスカレートするストーカー行為。シェアハウスという閉鎖空間で、狂気が伝染していく様は圧巻です。「禍禍女(まがまがおんな)」とは一体何を意味するのか、その答えはぜひ劇場で確かめてください。

考察・再検索したくなる?ラストへの伏線と観賞後の余韻

この映画の最大の特徴は、観終わった後に誰かと話したくなる「余韻」の強さです。
「あれはどういう意味だったの?」と、喫茶店やSNSで考察戦を繰り広げたくなる仕掛けが随所に散りばめられています。

映画が終わった後に議論したくなる「あのシーン」の意味

特にラストシーンの解釈については、観た人の性格や恋愛観によって意見が分かれるはずです。
あれは主人公の妄想だったのか、それとも現実の惨劇だったのか。そして、タイトルにある「禍禍女」という言葉に隠されたダブルミーニング。

映画の中に明確な「正解」は提示されていません。だからこそ、鑑賞後に「禍禍女 考察」「禍禍女 ラスト 解説」と思わず再検索したくなるのです。このモヤモヤ感も含めて、ゆりやん監督の手のひらで転がされているような感覚を味わえます。

配信を待つか劇場で観るか:今すぐ観るべき人の条件

「配信まで待てばいいや」と考えている方もいるかもしれません。しかし、本作の音響設計や色彩の洪水は、劇場のスクリーンで浴びてこそ真価を発揮します。
特に、不協和音が入り混じるBGMや、美大生たちの制作する作品のディテールは、スマホの画面では伝わりきらない迫力があります。

また、SNSでのネタバレ合戦が過熱している現在、予備知識ゼロで衝撃を味わえるのは今だけです。「話題に乗り遅れたくない」「新しい才能の誕生を目撃したい」という方は、配信を待たずに劇場へ足を運ぶことを強くおすすめします。

まとめ

映画『禍禍女』は、単なるタレント映画の枠を超えた、エネルギーの塊のような作品です。

  • 賛否両論の評価: 南沙良の怪演と映像美は絶賛、ストーリーの不条理さは賛否あり。
  • ゆりやん監督の狂気: 実体験に基づく執着心と、内藤脚本の残酷さが融合。
  • ジャンルレスな体験: ホラーとコメディ、ミュージカルが混在するカオスな世界観。

「面白いか、つまらないか」という尺度よりも、「体験として強烈かどうか」で語られるべき一本。
もしあなたが、予定調和な映画に飽き飽きしていて、脳を揺さぶられるような刺激を求めているなら、この『禍禍女』は間違いなく最高の劇薬となるでしょう。

さあ、あなたも劇場で「禍禍(まがまが)しい」体験をしてみませんか?

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